現在地:トップページ > 瀬戸内の旅は春の小豆島から > 小さな岬の映画村から平和を発信
映画村はその後、壺井栄文学館と彼女の生誕100周年を記念した「せんせ あそぼの」の銅像が新たに加わりました。 昭和初期を模した日用雑貨の店や漁師の家々が並んでいる通りや、青い海が眼前に広がる校庭と学校などなどが当時のままに再現されています。教室に入った人たちは、勉強机のイスに座り「こんな小さなイスに私たちも座っていたのね。懐かしい!」などと語り合いながら、教室から見える海や校庭を眺める人の姿があとたちません。
栄自身は明治32年(1899年)8月5日、樽職人である岩井藤吉、アサの5女として小豆島・坂手に生まれました。内海高等小学校卒業後、村の郵便局や役場などに勤めるかたわら、文学書を読み成長。大正14年(1925年)、同郷の壺井繁治をたよって上京、彼と結婚しました。プロレタリア文学の影響を受け、昭和13年(1938年)に処女作「大根の葉」を文芸に発表しました。 以来、「暦」「初旅」「母のない子と子のない母と」など300編にのぼる作品を発表し、新潮文芸賞、児童文学賞、芸術文部大臣賞などを受賞。なかでも昭和29年(1954年)に木下恵介監督の手で映画化された「二十四の瞳」は一躍有名になり、小豆島観光の端緒を開きました。 昭和42年(1967年)6月6日、死の直前に内海町名誉町民に推挙され、同月23日、東京で他界。享年67歳。
![]() ![]() 【岬の文教所】
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